1999年10月号  目 次:1999年1月〜12月)

定例研究会報告

第79回SD定例研究会の報告は、以下の通りでした。
A.Powersim Solver2.0の紹介とSDを使ったビジネスへの抱負(報告者:松本憲洋 パワーシムジャパン スーパーバイザー)
B.『グループ・モデル・ビルディング』について」:ニュージーランドのISDC99でフォレスター賞を受賞したVennixのグループ・モデル・ビルディングの研究の紹介(報告者:末武透 朝日監査法人)
時:1999年9月18日(土)13:30〜17:00
出席者数: 14名
発表概要:

A.Powersim Solver2.0の紹介とSDを使ったビジネスへの抱負(報告者:松本憲洋 パワーシムジャパン スーパーバイザー)

 今度、Powersim社から、Solver 2.0がリリースされた。従来のSolver 1.0では、感度分析程度の機能しかなかったが、今度の2.0では機能が大きく増えて、チューニングや、リスク評価、最適値を求めるといったこともできるようになっている。

 アンドロメダ社という架空の製造業の新製品の価格戦略を決めるためのモデルを構築した。60週という期間での累積利益が最大になるという条件での最適価格を、このSolver 2.0を使って求めると、例えば、12,360ドルというように、たちどころに最適値が求まる。確認のために、価格を7,000ドルと低価格戦略を採択した場合と、15,000ドルと高価格戦略を採択した場合をシミュレーションしてみると、低価格戦略では顧客数の増加はあるものの潜在顧客の落ち込みが激しく、潜在顧客の減少と共に収益性が悪くなる。一方高価格戦略では顧客は一向に増加しないが潜在顧客の落ち込みも少なく、収益性がいい状態を長く保つことができる。従って、画期的な新製品であれば、競合品が出現する迄は高価格戦略が有効といった戦略も確かめられる。

 価格戦略決定のためのモデルのように、最適値1個だけを求めればいいような単純なものではなく、もう少し複雑な、数個の最適値を求める必要があるようなものでも、Solver 2.0はきちんと対応できる。サプライチェーンのモデルを作成し、平均需要1,500個の商品で、受注変動が上下25%もあるような状態での、備え日数と生産、供給、配送能力の6変数の最適値を求めるということをやってみると、生産工場では1.6日、卸では2.1日、小売で2.4日、生産能力は1,400個、供給能力は1,900個、配送能力は1,700個といったような最適値が直ぐに求まる。

 こういった最適値を求める能力のようなものをうまく使っていって、企業モデルを構築し、モデル上で戦略を検証しながら進めていくような経営コンサルティングや、幹部候補者の育成トレーニングといったビジネスを日本で展開していきたいと考えている。

 

B.『グループ・モデル・ビルディング』について」:ニュージーランドのISDC99でフォレスター賞を受賞したVennixのグループ・モデル・ビルディングの研究の紹介(報告者:末武透 朝日監査法人)

 今年7月に、ニュージーランドで行われた国際SD学会で、フォレスター賞を受賞したJac A.M. Vennixのグループ・モデル・ビルディングの研究を紹介したい。グループ・モデル・ビルディングとは、一言で言えば、関係者を集め、みんなで議論しながらモデルを作っていく手法というように言えるのではないか。

 Vennixの説明が分かりやすかったという印象から、紹介は比較的楽にできると考えていたが、グループ・モデル・ビルディングを紹介しようと調査するにつれて、結構奥深いことが分かってきた。

 最初に、Modeling for Learning Organizationsに掲載されたVennixの行った、オランダの健康保険のグループ・モデル・ビルディングの事例を基に、グループ・モデル・ビルディングとは何かを紹介し、次に、System Dynamics Review 1997年夏号のグループ・モデル・ビルディング特集号から、Vennixの、「職人芸に科学的なやり方を追加する試み」を紹介する。この中で、Vennix は、職人芸に科学的なやり方を追加する試みを議論し、グループ・モデル・ビルディングを進めていくための標準となるような台本を作成することと、統計的なデータからグループ・モデル・ビルディングで言われているさまざまな仮説を確認するためのデータベースを構築することを提案している。

 そして、今年7月に、ニュージーランドで行われた国際SD学会で、そのようなデータベースを構築し、グループ・モデル・ビルディングで言われているさまざまな仮説を確認した結果を「評価研究のレビュー」として発表しているので、この2つの論文を紹介する。

1.グループ・モデル・ビルディングとは

 グループ・モデル・ビルディングと従来のやり方の大きな違いは、従来のやり方では、

  1. 顧客と接触し、受注契約を行い、
  2. モデルを構築し、シミュレーションを行い、
  3. 報告書を作成し、それを顧客に提出するが、
グループ・モデル・ビルディングでは、

?顧客と接触し、受注契約を行い、

?顧客側の関係者(参画者)を集め、オリエンテーションを行い、

?顧客グループ(参画者)と共にモデルを構築し、シミュレーションを行い

?そこで得られた最適な政策やソリューションを組織に実施し

?それを評価する

というステップをたどることで、従って、前者が、報告書作成が目的であるのに対し、後者では、ソリューションや最適な政策を求め、それを実施することが目的となっている。また、顧客は前者ではデータの提供者であるが、後者ではソリューション導入のコミットメントを与える者になり、モデルを作る人は前者がSDの専門家であるのに対し、後者では顧客であり、SD専門家はファシリテーターに役割が変わっている。

 一般的なモデル構築プロセスでは、問題の定義→概念モデル化→モデルの正式化→チェックとモデル検証→政策分析というように進むが、問題の定義で、時間的枠組みやシステムの対象範囲、概念化では変数やその関係性の明確化、フィードバック・ループの明確化、変数やフィードバクループの重要度、正式化では変数の初期値決定、チェックでは論理的チェックを、最後の政策分析では政策の評価に、参加者が大きく貢献する。

 グループ・モデル・ビルディングで一番重要なのは、参画者が持っている知を明確化するプロセスであり、Vennixのオランダの医療関係のプロジェクトでは、これをワークショップで行った。ここでは、概念モデルを叩き台にモデルをグループ・ディスカッションで構築していき、質問表を作成し、参加者に重要な変数等を質問している。もし参画者グループで相違があれば、その点を中心に、ワークブックでさらに詳細に質問を行い、新しいループを追加するとか、意見の相違が見られるループを特定化し、その意見の相違の原因やモデルを精緻化していっている。

2. Vennix-1: 職人芸に科学的なやり方を追加する試み

 それでは、System Dynamics Review 1997年夏号のグループ・モデル・ビルディング特集号に掲載された、Vennixの、「職人芸に科学的なやり方を追加する試み」を紹介する。

 Vennixは、今のグループ・モデル・ビルディングのやり方はあまりにも職人芸すぎて、科学的とは言えないので、科学的なものにしていく必要があるとして、その方法について提案を行っている。

2-1.科学的であるための条件

 まず、科学的で良い研究であるためには、次の3つの性格を備えている必要があると述べている。

?再現性:同じことを他の研究者が実施して、同じ結果を得られること

?累積性:他人の研究成果の上に新しいものを追加して、積み上げていけること

?反駁性:核となる理論や仮説が明確で、その核をベースに批判に対抗し、反駁できること

2-2.グループ・モデル・ビルディングの目的の再確認

 次に、グループ・モデル・ビルディングの目的を明確化しようと提案し、グループ・モデル・ビルディングにより、個人、グループ及びグループが所属する組織の水準での次のような変化や確立があるのではないかとリストアップしている。

(1)個人の水準での目的:

 1)個人の持つメンタル・モデルの改善

 2)シミュレーション結果を見ての価値観の変化による個人の態度や行動の変化

(2)グループでの水準での目的:

 1)グループのメンタルモデルの設定(共通認識の確立)

 2)政策や意思決定に関する同意(コンセンサス)の創造

 3)意思決定に関するコミットメントの創造

(3)企業組織での水準での目的:

 1)システム・プロセスの変更(仕事のやり方の改善)

 2)システムが産み出す結果を改善する(顧客に対するインパクトの改善等)

2-3.グループ・モデル・ビルディングでの対話の台本(スクリプト)

 主に再現性に関することだが、同じ効果や結果を得られるようにするために、グループ・モデル・ビルディングで使う標準的な台本(スクリプト)を作ることを提案している。このような台本があれば、(1) グループ・モデル・ビルディング・プロジェクトの基本構成を明確化することが可能であり、(2) グループ・モデル・ビルディングの構成物の振るまいを表現することが期待できるとしている。そして、そのような台本の内容(基本的な構成)として、以下のような項目が含まれてくるのではないかと提案している。

 グループ・モデル・ビルディング・プロジェクトは準備段階、構築段階、セッション後段階の3段階に分かれ、

(1)セッション前のフェーズ(準備段階)

 プロジェクト開始前の顧客とコンサルタントの関係や、顧客との接触、エントリー、契約方法、だれが接触やモデラーであり、顧客側の推進者は誰なのか、プロジェクトの方向性や目的を決めることに関してどのような問題があるのか、参画者として、チームの大きさや構成、だれが参画しだれが決定するのか、経営陣からの支援の度合い、事前の会議やインタビューの計画、SDの紹介といった項目が含まれてくるであろうと指摘している。

(2)セッションのフェーズ(モデル構築段階)

 ディスカッションと参加者で、参加者数、参加者の性格、ディスカッションの回数、平均的なディスカッション時間、モデル構築のやり方として、フロー・ダイアグラムや因果ループ図、定量モデルやシミュレーションといったもののどれをどう使うのか、どのように政策が評価されたのか、プロセスで使われたサポート技術や叩き台となるモデルを基にしたのか、ゼロからスタートしたのか、質問表/ワークブックを使ったかどうか、指導者の数と役割、指導者同士の話し合いの頻度や程度、モデル構築のための作業場所や部屋のデザイン、レイアウトといった項目が含まれてくるであろうと指摘している。

 しかし、(3)セッション後のフェーズ、については何もふれられていない。

 この台本に関しては、グループ・モデル・ビルディング特集号であるSDR v13(2)に、Andersen & Richardsonの"Scripts for Group Model Building"があり、そのイメージのようなものが記載されている。

2-4.グループ・モデル・ビルディングでの対話に関する仮説や理論

 次に、主に反駁性のための核になるような仮説や理論として、今まで話題になってきたものを列挙している。それによると、次のようなものがあるという。

・システム思考の構成理論:どんなものでシステム思考の構成が表現できるか、例えばSD実践者が活用している因果ループやアロー・ダイアグラム、フィッシュボーン・ツリー、コンピュータ支援等で可能であるとする仮説 2-5.データベースの必要性

 科学的な研究には核になる仮説や理論が明確である必要があるが、さらに、それらを統計的に確かめることができるようなデータベースが必要で、グループ・モデル・ビルディングに関して実施された事例研究等を集約したデータベースを構築することを提案している。こういったデータベースがあれば、仮説の統計的な検証、例えば、プロセスとプロジェクトの成功に関する参加者の満足度の関係はディスカッションの回数で決まるかどうかを検証でき、統計的な分析、例えば重要な要因や影響の検証がどの程度信頼できるかを知ることができると主張している。

3. Vennix-2: 評価研究のレビュー

 1999年7月にニュージーランドで行われたSD学会国際会議では、前記の「職人芸に科学的なやり方を追加する試み」の中で提案していた、グループ・モデル・ビルディングに関して実施された事例研究等を集約したデータベースを構築したことを発表し、このデータベースを使って、従来グループ・モデル・ビルディングに関して言われていたいくつかの事項を統計的に調査したその調査結果が発表された。

3-1.SDのモデル構築に関する研究の6つの流れ

 顧客参画に関して、何がしかのモデル構築作業に参画させるという意味でのグループ・モデル・ビルディングに関し、SDには以下のような6つの研究の流れがあるという。

  1. 顧客参画に関して、モデル構築作業に参画させる方法や時期を決めるといった、標準的なアプローチを提案しようとする研究の流れ
    1. 関係者グループ・アプローチ(Reference Group approach, Randers, 1977)
    2. 戦略的フォーラム(Strategic Forum, Richmond, 1987; 1997):SDR v13(2)に記事あり
    3. 段階的アプローチ(Stepwise approach, Wolstenholme, 1992)
    4. 参画政策モデリング(participative policy modeling, Verburg, 1994; Vennix, 1996)
    5. モデル学習(modeling as learning, Lane, 1992)
    6. 定性・定量モデル化(build quantitative as well as qualitative models)
    7. SSMの要素を組み込んだアプローチ(e.g. Sanvar, 1987; Bentham and De Visscher, 1994)
    8. 認知マップ(e.g. White, Ackroyd, and Blakeborough, 1994)
    9. グループ・モデル・ビルディング(Richardson and Andersen, 1995; Vennix, 1996; Huz, Andersen, Richardson and Boothroyd, 1997)
(2) 効果的に顧客を巻き込むための一般的な要件(Senge 1987)の研究

(3) 単純な形態での顧客参画型のモデル構築プロジェクトに対する標準的なアプローチの開発

(4) 複数のモデル構築プロジェクト比較。組織、問題、プロセス、モデル、導入に際しての特徴といったものの関係性テストの研究

(5) SD研究者はどのような知識や技術を適用しているかを調査しモデル構築の役割の違いや専門家からの知識の引き出しに関するガイドラインについて調査

(6) MFSや叩き台モデルで学習させる

3-2.SDのモデル構築に関する議論

 SDのモデル構築では、古くから定性モデルと定量モデルやモデルの大きさの議論がなされてきた。概念的かつ定性的なものに限っても、モデル化できるものには限界があるとする主張の一方で、全部が定量化可能とする意見もある。モデルの大きさについても、小さなモデルがいいとする人やある程度大きなモデルが必要とする人もあり、その大きさについてもまちまちである。Senge (1987)は小さなモデルの方がいろいろ利点があると主張している。Lyneis (1999: 52)も、小さなモデルは知見を習得するのに有利であると、小さなモデルを支持しているが、しかし、「(理解させるのではなく)結果を売り込むには、小さなモデルではなく、詳細で、定量的で計算値が出てくるようなものを完成させる方が容易である」と感じている。データベースから見ると、小さなモデルでは5〜19変数で大きなものでは200〜1,000変数のモデルとなっている。データベースに登録されているプロジェクトでは、定性モデルの方が定量モデルよりも多い。

3-3.データベース

 Vennix達は、事例研究の情報を基に、SDを使って、グループ・モデル・ビルディングで行われた81のプロジェクトを選び、以下のような項目を含むデータベースを作成した。

 ・背景となる特徴

 ・顧客の組織

 ・モデル化された問題

 ・対話

 ・モデルの効果に対する評価

 そして、個人、グループ、組織、方法について、事例研究での自己評価や追跡アンケート、ヒヤリング等を基に、モデルから知見が得られたかどうかや、コミットメントの有無、コミュニケーション、共通言語、シミュレーション結果を踏まえ、システム変更が行われたかどうかといった項目を調査し、統計処理を行った。

3-4. 背景となる特徴

 最初のSDを使った顧客参画型モデル構築は、1963年で1970年以前のものとしては、もう1件あるだけである。1970年代に入ると、全部で4つの事例が存在し、1980年代には14件、1990年から1998年の間に、毎年4〜12件の事例が論文として報告されている。このように、1990年代からの急増が目立つ。

 研究の約半分が、利益団体を対象に行われたグループでのモデル構築の研究で、4分の1が非利益団体を対象、残り4分の1が政府機関に対して行われた。約半分を利益団体が占めるとは言え、秘密保守契約があるので発表されていない利益団体を対象としたプロジェクトはもっと多くあるはずである。

 非利益団体としては、主に大学(6事例)、教育機関(4事例)、国防関係の研究所(2事例)、エネルギー関係(1事例)、地域開発(1事例)、慈善団体となっている。

 営利団体は製造関係と流通関係及びサービス関係の3つのグループに分かれ、製造業では、石油精製会社が11モデル構築プロジェクト、化学関係の企業が5つ、造船業が2つ、食品製造業が1つ、バイオテクノロジー関係1つ、残り7つはそれぞれ別々の業種に対して実施されている。4つのプロジェクトが流通関係に対して実施され、サービス業では、保険会社(7事例)、ソフトウェア関連(5事例)、金融(3事例)、ホテル業(1事例)、スポーツ関係(1事例)となっている。

3-5. データベースを使った分析

 このデータベースを使って、よくグループ・モデル・ビルディングで議論となる以下のような項目について分析した。

・反応

・知見

・コミットメントと行動

・コミュニケーション

・共通言語

・コンセンサスやメンタル・モデルの共有

・システム変更、結果、モデル構築のさらなる進展

結論としては、

・ほとんどのグループ・モデル・ビルディングでは知見が高まっている

・きわめて多くの事例で、コミットメントや行動変化が導き出されている

・グループ・モデル・ビルディングにより共通言語が得られたということを明確に示すことはできなかった

・コミュニケーションに触れている事例は少ないものの、コミュニケーションの品質は全般に高まっている

・多くがコンセンサスが明確化できたと報告しているが、実際に適用可能なコンセンサスが得られたかどうかについては注意深く検討してみる必要がある

・事例の約半分が、グループ・モデル・ビルディングによってシステム変更を導き出している。
 
成果の定性的及び定量的評価比較
 
定性評価(n=67)
定量評価(n=14)
合計(n=81)
行動変化 肯定的     16

否定的      0

肯定的     5

否定的      0

肯定的     21

否定的      0

知見 知見      54

知見なし     3

知見      13

知見なし     1

知見      67

知見なし     4

コミットメント あり      20

なし       3

あり      7

なし       0

あり      27

なし       3

コミュニケーション あり      22

なし       1

あり      9

なし       0

あり      31

なし       1

コンセンサス あり      18

なし       2

あり      9

なし       1

あり      37

なし       3

 概ね上記項目は肯定されていて、グループ・モデル・ビルディングについて従来から言われてきた仮説は正しいものと言えるが、以下、否定的なものに関し、それがなぜ否定的なのかを中心にレビューしてみる。

(1)知見

 全81事例中71事例が、知見に関して評価している。全ての事例で、成果を産み出しているという事実があり、クレームはもっぱら、精度の問題に関したものである。4事例では知見の改善が見られなかった。このうち2事例は学生を対象としたものである。このうち1事例では、(Ginsberg and Morecraft, 1995)によれば、モデル自体があまりにも大雑把すぎて、全体として学生達が持っていたメンタル・モデルを反映していないものであった。Vennix and Thijssen (1997)が講師となったモデル構築の教育コースでは、参加者は問題に関しての知見という意味ではそこそこの知見を得ているが、自分以外の参加者が持っていた前提から知見を得るという点では、全く知見を得られなかった。これは、学生達が、データを収集し、それを解析する方に精力を取られ、学生同士で問題を十分議論させなかったためであると説明できる。残りの2事例については、実際の現象を対象にしたモデルであるにも係わらず、モデルが大きすぎてモデル自体を理解することが困難であった(Fey, 1978)のと、対象とした問題がきわめて政治的で、問題も広範囲に渡り、どこかに焦点を合わすことが難しかった(Akkermans, 1994 事例4)ので、知見を得ることに結びつかなかった。

 マネジメント・フライト・シミュレータでは、そこそこの知見が得られたとしか評価されていない。これに比べ、グループ・モデル・ビルディングでは知見に対する評価がはるかに高い。モデルを変更できるという点がこの違いを生むのではないか。

(2)コミットメントと行動

 わずか30事例しかコミットメントについて報告していない。27事例ではモデルでの結果に対してコミットメントが行われているが、3事例では、顧客から成果に対してコミットメントしたいとは思わないと言われたことを報告している。ここで注意しなければならないのは、63事例だけが、プロジェクトの当初から、実際に導入可能な結果を求めることを目的としているものであり、12事例は教育や訓練を目的としたもので、結果を実際に適用することを求められていない。また、モデル構築プロセスで、管理者が参画し、管理者自身が持っている問題を取り上げさせてくれたとしても、今までのやり方を変えて、モデル結果を実際に導入させてくれるとは限らないし、そのことを目的としてもいない。それでも、たった1事例のみが、行動変化が見られなかったと報告しているだけである。この場合は、参加者のほとんどが「ソリューションを表した図」に関して賛同しているが、(モデル構築に参画していない)経営陣が、モデルは関連する事項を全部包括していないという理由から、実際の適用を認めなかった。定性的な研究では、「顧客は結論Aを導入することに同意した」ものだけでなく、「計画や問題解決に、同じアプローチを使ってソリューションを得られたもの」もコミットメントのカテゴリーに分類している。グループ・モデル・ビルディングが成果としているものに対するコミットメントはもっと一般的なもので、ある特定の問題を取り上げての結果に対してのコミットメントを問うのは、コミトメントの範囲を狭めていることになる。

(3)コミュニケーション

 グループ・モデル・ビルディングでは、問題を抱えている関係者に、意思決定のためのツールが応用され、これが関係者には新鮮なものと受けとめられる。トレーニング環境で実施される場合でも、問題に対して対処するための新しい方法として提示されるので、新鮮なものとして受けとめらえる。従って、モデル構築参画者の間にコミュニケーションの変化が自然に起きることになる。モデル構築といった新しい方法の応用が、直ちにコミュニケーションに効果があるというように期待されがちだが、評価研究ではそのことを示すことができなかったのは、短期間での成果としては現れてこないことを示している。

(4)共通言語

 2事例では、共通言語となりえなかったと明確に述べられている。共通言語となりえなかった2事例のうちの1事例はAkkermans (1995事例4)で、政治的にセンシティブな問題を取り扱ったものであった。もう1つの事例は、(Zazara and Fisher, 1996)のもので、高校生に対するクロス・カリキュラム開発に関するものであった。3週間のトレーニングの後に、教師は実際に自分のクラスでモデル構築の授業を実施してみているが、全ての教師は、自分が教えるためのものにモデルを変更している。従って、ここでは、教える内容をモデルで引き出すようなものを使っていない。報告が少ないのは、共通言語にはいくつもの側面があり、成果から結論を引き出すことが困難でああるということも理由となっている。SDの研究文献によれば、(例えばRichmond, 1987: 13)のように、SDがコミュニケーションに関し、共通かつ単一の土台といった役割を果たすのが共通言語という意味であるとされている。こういった意味合いでは、この比較研究では、それを肯定することも否定することもできなかった。

(5)コンセンサスとメンタル・モデルの形成

 コンセンサスは問題自体に対してのものもあるであろうし、問題を軽減するための対応策に対してのものもあるであろうし、両方の場合もある。もし、前者の場合であれば、問題をモデルがうまく表現できていればコンセンサスが形成されたことになる。もし、コンセンサスの意味が、対応策に対するコンセンサス形成まで含められていたとすれば、このコンセンサスという概念はコミットメントに近い意味合いとなる。コンセンサスが「全部あるいは全員」のコンセンサスを意味するのか、それとも一部の部分あるいは参加者の反対があってもいいのかが著者によってまちまちである。従って、結論を出すのはもう少し慎重にする必要がある。

(6)システム変化、成果や将来的なモデル利用

 33事例で、システムが変更され、それが適用された。3事例ではモデルの結果はシステムの変更を起こさせる水準には到達できなかった。2事例では、モデルから顧客の報酬制度の変更が結論として導き出せたが、管理者は、直ちにはこれを採択しなかった。(Roberts, Abrams and Weil, 1978; Akkermans, 1995事例2) 最後の事例は政治的にセンシティブな問題があったことが記載されている。(Akkermans, 1995事例2) 19事例でシステム変更が行われたことが記載されている。81事例中30事例で、当初もプロジェクトが終了した後も、モデル構築によるソリューション検討が続けられていることが報告されている。64プロジェクトが「現実世界」をモデル化したもので、従って約半分で変更が実際に行われたことになる。そしてその半分以上が肯定的な結論を示している。ここで肯定的な反応を示したのは、プロジェクト終了後まだそれほど期間が経っていない場合のみなので、少し長期的な経過時間を経て評価したものも含めれば、もっと肯定的な事例が増えるものと思われる。

 この他にも、このデータベースを使って、グループ・モデル・ビルディングのプロジェクト期間や参画人数といったものの最大値や最小値、平均値といったものが分かるので、グループ・モデル・ビルディングを進行させていくための台本作成上でのさまざまな疑問にも統計的な情報を与えることができる。

注釈1:「対話」としているのは、モデルと参画者との関係による相互変化の様を意味している。

注釈2:「システム」としているのは、情報システムの意味ではなく、しくみのことで、業務プロセス等を示す。

配布資料:パワーシム関連資料及びSolver 2.0機能紹介のためのアンドロメダ社モデル、サプライチェーン・モデルとシミュレーション結果
    「グループ・モデル・ビルディング」(OHPプレゼン資料)

     グループ・モデル・ビルディング:職人芸に科学的なやり方を追加する試み

     グループ・モデル・ビルディング:評価研究のレビュー

編集後記

 今年は記録的な猛暑でしたが、去ってみると嘘のように思えます。中秋の名月が待ち遠しいこのごろですが、みなさまはいかがでしょうか。

 SDニュージーランド大会の報告の続きとも言うべき、Vennixの研究の紹介は、内容が地味なので、参加者が少ないことを心配していましたが、意外に多く、顧客のコミットメントが重要といったような発表内容はSDに限った話ではないのではないかといった感想や、地域開発や自治体政策立案等で参加型が重要視されていて、グループ・モデル・ビルディングはこれに有効ではないかといった意見がありました。グループ・モデル・ビルディングはグループによるモデル構築なのか、グループのためのモデルの構築なのかといった議論もありました。私自身は、グループによる、グループのためのモデルの構築と解釈しています。

 内野先生の留学先をウェチェスター大学としましたが、専修大学の高橋さんの指摘で、ウスター大学と呼ぶのだそうです。訂正させていただきます。内野先生から米国事情を時折寄稿してくれるという便りもいただいていますので、ご期待下さい。以下、内野先生からの第1回目の米国便りです。

「ご無沙汰いたしております。専修大学の内野です。大学の長期海外研修制度を利用して下記大学の客員研究員として1年海外で生活することとなりました。お葉書にてご挨拶もしないでメールにて失礼ながら連絡先等をご連絡いたします。
 

(自宅)
注:web上では省略しました。
(Webmaster)
 (大学)
Department of Social Science & Policy Design
Worchester Polytechnic Institute (WPI)
100 Institute Road,Worchester, MA 01609-2280  USA 
TEL 508-831-6126
E-mail:uchino@wpi.edu あるいは uchino@isc.senshu-u.ac.jp

(メールアドレス)専修大学のメールを読むことは可能ですので、従来のuchino@isc.senshu-u.ac.jpにお送りいただいて結構です。ただし、送信はuchino@wpi.eduからさせていただきます。

(自宅からの送信は、いくつかのプロバイダのフリータイムを順に活用しつつありますので、特別な場合以外発信に使わないようにします。)

 大学はボストンから40マイル西のウースターという町にあります。WPI(Worchester Polytechnic Institute)は、Polytechnic Instituteとしては全米で3番目に古い工科系を中心とする大学です。学部というより学科の集合体で、所属する学科長と知り合いだったので、「アメリカに来るならば是非来い」ということで、<何を研究するかにはこだわらずに>大学を選んでいます。アメリカ生活を経験すること、英語をほんの少し上達させることが目的です。

 こちらについて4週間でようやく落ち着きました。この間に行ったことは、アパートの契約、電気、TV、電話の契約、最低限の家具の購入、銀行口座の開設、子供の学校の登録、子供の学校へ書類提出、子供の学校のための予防注射、子供の学校のオープンスクール、子供の学校の初日の対応、子供の日本人学校の登録、子供の日本人学校への送り迎え(毎週土曜日)、日本食の調達ルートの確保、車捜し、車の保険契約、車の登録、ナンバープレート取得、車の保険のための点検、などです。子供の学校がらみが一番時間を取られました。本来1年の期間ですが、夏休みということで早めにこちらにきました。落ち着くまでに時間がかかりましたので、実際に滞在できる期間が1年を切ってしまいましたので、せっかく落ち着いたのに<もう1年ない>とスタートの時点からあせっています。

 私の英語力はsurvival可能な線を若干越えただけで、当然ながら苦労しています。もっと英語力をつけてくればと思うのはほとんどの日本人に共通でしょうが、ただ、ここ3年ほど、NHKのラジオ番組の「やさしいビジネス英語」をテープにとってただ聞くだけを繰り返してました。そのため、それ以前よりはほんの少しだけ英語が聞き取れるようになっていたので、これだけはせめてもよかったと思っています。

 日本では、家にいても寄りつかない娘が、英語がらみの問題については頼りにするので、女房がここでは頼りにされて気分がいいでしょうと笑っています。

 時折、ご助力をとアメリカからお願いすることがあると思います。その時は是非ご支援をお願いいたします。9/13/99(日本では絶対こう表記しなかったのですが) 内野明

PS. アメリカでの個人的な経験を記録するために、近況のメモのようなものを時折作成するつもりです。これはかなり個人的なものですが、ご興味のある方はご一報下さい。作成時に送付いたします。」  

(末武記)